大井町駅 とんかつ美竹
驚き、喜び、悩み、考え、思いながら、人は成長していく。
本当に気に入ったお店との出会いなんて、人生にいくつあるだろう。
とんかつ美竹。
某日。
大井町で暮らしはじめて約10ヶ月が経つ。前々から気にはなっていたものの、なかなか行けていなかった名店がある。
家からもほど近いその店の名は、「とんかつ美竹」。店構えからして期待ができる。
平日のランチタイムということもあり、僕が入った時には9割ほど席は埋まっていた。
店内はというと、まさに街の和食屋の香り。4257、262など、謎の数字は理解できなかったが、昭和の雰囲気はそのままに、清潔で今っぽい内装には思わず息を飲んだ。有名人のサインも。林家ペーパー夫妻のものだったと気づくと動揺したが、まあ良いだろう。
運が良かったのか、カウンター席のど真ん中、ちょうど調理場の目の前の席に通してくれた。周囲は皆サラリーマンの方々。ふと視線を下げると、カウンターにはズラリと並んだボリューム満点のカツカツカツ!4000本安打のレジェンド張本氏もびっくりの大カツである。
僕が頼むのはもちろん普通のとんかつ(¥900)。好きな言葉はベーシック、ノーマル、無難、教科書である。
カキフライやエビフライを注文する手練れもいたが、僕はこの店において初心者。常にレールの上からは離れられないのだ。
テキパキした美人な奥さんと、丁寧で好感が持てる旦那さんが手際よくお客さんに対応している。これはそこまで待たなそうだな。
5分ほどしただろうか…?
「カウンター3番さんです!」
ドクン。心臓が脈を打つ。
僕のだ。丁寧に盛られたそのカツと大盛りキャベツ。
「こりゃ当たりだな」誰も聞こえない声で呟いた。
隣の席を見ると、タプタプタプ、とソースをかけている。
「ちょ、まてよ…」
それではせっかく揚げたてでサクサクの衣がヒタヒタになってしまうではないか。僕は心の中で喝!と唱え、ひとつずつに絶妙な量のソースをかける。
本当に優れた味というものは、作り手だけでなく、食べる側の努力も必要なものだ。様々思いを巡らせ、ひと口目を食べる。
衝撃 【しょう-げき】
・意外な出来事などによって強く心を揺り動かされること。また、その心の動き。ショック。「衝撃が走る」
まさに衝撃が走ったとでもいうのだろうか。
あのサクサクの食感、辞書くらいあると思われる厚みのある肉。ソースと辛子との相性も最高であり…
おっと、多くを語るのは僕の主義ではない。
ここからは自分で確かめてくれ。
10分ほどで食べきってしまった。その間に店内のお客さんもとめどなく回転していたのだろう。喝を与えたお隣さんもいなくなっている。
満腹感に酔い、一息つきながら、店の中を見渡して余韻に浸っていると、キープしてあるボトルを見つけた。
やれやれ、夜は酒も飲めるのかよ。
優れた店というのは、客をいつも悩ませる。
......................?
ボトルに刻印してある「51」。そして、壁に飾ってある明らかにペーパー夫妻ではない1人の男の写真。
そして冒頭の謎の数字の意味が理解できた時、僕の身体は震え出した。
イチロー (本名 鈴木一郎)
日本・愛知県出身のプロ野球選手。NPB・MLBの双方で活躍しMLBシーズン最多安打記録・およびプロ野球の通算安打世界記録・最多出場記録を保有している。
4257は日米通算安打記録。262はMLBのシーズン最多安打記録であったのだ。
日本の、いや、世界のレジェンドが来店した店。待て、あの写真の感じは一度の来店ではないはずだ。まさかオリックス時代から?でも関西だし彼の地元は愛知だよな…
様々なストーリーを妄想しながら爪楊枝を口に運ぶ。
元野球部として、すぐに気づけなかった自分に喝!しかしテンションは最高潮だった。ただ、そこからどうやってお会計を済ませ、安アパートに帰ったのか、僕は覚えていない。
驚き、喜び、悩み、考え、思いながら、人は成長していく。
本当に気に入ったお店との出会いなんて、人生にいくつあるだろう。
張本とイチロー、稀代のアベレージヒッター2人を想起させるお店なんて、日本にいくつあるだろう。
あっぱれ!
また来ます。
食べログ3.17
ガタログ4.5