クリスマスを終えて

今回、初めて記事に写真を貼ってみました。
ブログスキルの急上昇をひしひしと感じている師走の昼下がりでございます。
 
以下本文

 

 
 

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この度は、まことに
ア・ベリー・メリー・クリスマスでした。
 
 
 
ブログを見てくれている方々はどんなクリスマスを過ごしたでしょうか。
 
お友達と過ごしたり、恋人と過ごしたり、ご家族と過ごしたり、いつもと変わらない1日を過ごしたり、
 
 
SNSを見る限りですが、みんなそれぞれの形でクリスマスというものを楽しんでいると思いました。
 
 
実は、僕もクリスマスを僕なりにメリーしてしまった側の人間と言っても過言ではなく
 
 
甘く、切ないクリスマスを過ごしてしまったと言っても過言ではありません。
 
 
 
もっと言うと、12月22日から、やっちまいました
 
 
クリスマスに大きな助走をつけて楽しんでしまいました。
 
友達と集まってワイワイやったり、
お家でほっこりクリスマスをやったり、
温泉に行ってゆったりクリスマスをやりました。
 
 
100時間弱もクリスマスを味わい尽くした僕は、
 
 
イエーイ・メーッチャ・ホーリデイ
 
 
と言っても過言ではないと思います。
 
 
 
 
 
しかし
 
 
 
僕は過言ではない、取るに足らない男ですが、少し疑問があります。
 
 
 
なぜ人は、ちゃんと24日、25日にちゃんとクリスマスっぽいことをするのか??
 
 
 
イルミネーションも、雰囲気の良いレストランも、高級なホテルも、混んでいるし、値段もいつもより高かったりする
 
ケンタッキー買うのもケーキ買うのも並んだり予約したりする
 
12月は何かと忙しい月であり、予定を合わせるのも大変
 
プレゼントを選ぶのだって結構なエネルギーを使う
 
 
 
てか、クソ寒い
 
 
 
 
 
ここからは過言です
 
 
 
 
 
 
 
 
 
クリスマスにちゃんとクリスマスするの、大変じゃね??
(クリスマスとか、行事を否定する気もありません。僕もちゃんと楽しんでるし)
 
 
もとはといえば、クリスマスとは我らがイエスパイセンが降誕した日と言っても過言ではなく、
 
 
なんなら24日は、出産前日であり、ちゃんイエのマッマが「そろそろ来るわ、これ」
くらいのテンションだった日です。
 
 
全然イルミネーション関係ない
 
 
 
しかも、キリスト教をガチっている勢の方々からしたら、おそらく割と強度が高めのマジ祈りをワッショイしまくる日であり、
 
 
 
ケーキ屋の店員さんが疲れるのは関係ない
 
夜景が見えるレストランも関係ない
 
クリスマス予定ない。。と悲しむのも関係ないし
 
アクセサリーが売れるのも関係ない
 
 周りを見て一喜一憂するのも関係ない
 
 
全くディスってないからね。
行事を楽しむのは大事だよね。
 
 
 
何が言いたいかというと、
 
 
なぜ、自分を含めて人は24日25日をそんなに特別視しているのか
 
 
 
高いし、混んでるし、寒いし、大変じゃん?
 
 
 
 
実際のところ
 
 
 
クリスマス色々考えなきゃいけなくて大変だあ〜〜〜
 
去年はこれしたしなあ〜〜
 
 
ってなってる人いなかったですか
 
 
 
これで親しい人が誕生日も近かったら非常に頭を悩ませると言っても過言ではなく
 
 
さらに、年越しやバレンタインなど、イベントを利用して楽しむのではなく、イベントごとに追われる冬になる人も多いと言っても過言ではないなと。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
気づいたら主に夫婦やカップルに向けた感じになってしまいました大変申し訳なく思っています。
 
 
 
 
 
かかるコストやエネルギーをわかってて楽しむのは大賛成ですが
 
 
 
 
◯◯だから何か特別なことしなきゃ
 
◯◯なのにあれをしてないどうしよう
 
 
 
って思っちゃうの大変だし、充実度低いかなって思うようになりました。
 誰のカレンダーで生きてるのだろう
 
 
 
 
自分に言い聞かせてる
 
 
 
 
思考停止していないか
 
 
たとえば
 
 
12時になったからお昼を食べるのではなく、お腹が空いたからお昼を食べよう
 
 
 
世間的にそういう年齢だから結婚するのではなく、自分がしたくなったから結婚しよう
 
 
 
5時になったから帰るのではなく、今日の分の仕事を終えたから帰ろう
 
 
 
自分の大事な時間とお金とエネルギーは
自分の納得する形でつかわないともったいないと思います。
 
 
 
 
 
もしクリスマスを11月にやったら、もっと良いホテルに泊まれたかもしれないし、イベントごとのない月にプレゼントをあげたらもっと素敵なものを贈れたかもしれないと言っても過言ではないと思います。(過言)
 
 
 
 
世間的な「普通」に惑わされず、自分の価値基準で動いていこう〜と思ったクリスマスでした。
 
 
 
 
 
 
ここまで過言でした。